神様は貴方を守るお方
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人生の中では、否定的な決定と肯定的な決定の中、一つを選らばなければ、ならない選択の道がしばしばある。多いの人々は恐れを持ち、否定的な決定をする傾向が多い。
アメリカのフォード自動車の創業主であるヘンリフォードは「貴方が出来るようが、出来ないようが、貴方が信じる通りになる。」と語った。
わたしが、あなたの神、主。あなたをエジプトの地から導き上った神。口を広く開けよ、わたしはそれを満たそう。(詩篇;81;11)
人性という大きな歯車を回す手がある。これは、神様のみ手だと信じることが信仰である。神様が許してくだされば、出来る。神様が共にしなければ、人間の努力は無駄である。苦難や試練からの突破口は、私の側に神様が共にいらっしゃることを信じることである。苦難や試練の道も人生の中で、歩まなければならない道である。しかし、
苦難や試練の道は平安への道の通路である。
主御自身が建ててくださるのでなければ家を建てる人の労苦はむなしい。主御自身が守ってくださるのでなければ町を守る人が目覚めているのもむなしい。
(詩篇:127:1)
どんな事でも心の姿勢が大事である。
信仰生活をよくするには神様に向かう人間の心に姿勢です。
悔い改めることも、献身のことも、愛のことも、捧げることも、
お祈りのことも全てが心の姿勢から------
わが岩,わがあがないぬしなる主よ,どうか,わたしの口の言葉と,心の思いがあなたの前に喜ばれますように.(口語譯の詩篇;19;14)
お祈りは霊魂の呼吸である。呼吸が出来なければ、命は失う。同じように、お祈りしない信仰生活は死んだ魚と同じで, 魚の形はあるが、生き物ではない。霊的な喜びと力がない理由はお祈りの栄養不足である。
神よ、わたしの祈りを聞き/この口にのぼる願いに耳を傾けてください。(詩篇:54;4)
1915年から2005年まで、90年間、物理、化学、医学など
自然科学分野でノベル賞をもらった人は400名である。
受賞された人々の宗教を調べたところ、
キリスト教が65%、ユダ教が22%、カトリックが11%で
キリスト関係の宗教が98%であった。反面、仏教は0.9%、イスラム教が0.1%であった。
このテータを見ると、やはり神様を信じることは最高の祝福である。
「この律法の書をあなたの口から離すことなく、昼も夜も口ずさみ,
そこに書かれていることをすべて充実に 守りなさい.そうすれば,
あなたは, その行く先々で栄え,成功する.」(ヨシュア記;1;8)
信仰は、時には人間の常識を超えている。
即ち、信仰というものは逆説的な面があり、これは不思議なことである。環境や条件が整える場合、より強く信仰生活や奉仕が出来ることではなく、むしろ、不利な環境の中でも、よい信仰生活や奉仕が出来ることこそ、信仰の不思議さである。
キリスト教の歴史の中でも、迫害や苦難の中で、信仰が強く燃えていることをよく発見できる。
やはり、信仰のもとは心の姿勢から----
それゆえ,わたしは 弱さ,侮辱,窮乏,迫害,そして行き詰まりの狀態にあっても,キリストのために滿足しています.なぜなら,わたしは 弱いときにこそ強いからです.(コリント信徒への手紙2;12;10)
人間の悪い癖は、出来ることを期待することより、出来ない理屈を前面に出して、予め出来ないと悲観的な見解も持つことである。ですから、いい考えや創造力やアイデアも何も実行しないまま、議論でお終いことが多い。たから何もしない。
これは個人でも組織でも教会でも同じ現象である。
やれば出来るなのに、何もしないから何も結果や変化が得られない。
ルナンが書いた「イエスの生涯」と言う本でこのような説明が書かれてある。
「燃える熱情を持つ人は全ての出来事を偶然に考えていない。 全ての出来事や万事が神様のご計画の中であり、どんな小さいことでも神様の深い導きが含まれていることを信じる。」
わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です。
(フィリピの信徒への手紙:4:13)
真に信仰は
持っていないことを不満することより、
持っていること、与えられたことに感謝する。
どんな状況でも、どんなことでも感謝する。
感謝する信仰は新たな感謝を生み出す。
いつも感謝することは生きている信仰の証。
全てのことを感謝します。
惠み深い主に感謝せよ。 慈しみはとこしえに。(詩篇:118:29)
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